泣ける動画.com 

youtubeなどの泣ける動画や、2ちゃんねるの泣ける話 感動する話話ををまとめました

誰にも明日はある 誰にも明日はくるから

      2014/08/24

現在は教育学部に通っている男性が
自閉症の子どもたちや自傷行為をする子どもたちの
カウンセリングの勉強等もするようになった

その勉強をしようと思ったきっかけになった話を紹介します

ここからです

特に、子を持つ親の方や、教育関係の方は是非とも読んでいただきたいです
↓ ↓ ↓ ↓

青少年のカウンセリングをしている28歳の女性の話です。

私が青少年の心理カウンセラーとして新しい地区を担当することになった
第1日目に、青年Nが最初の受け持ちの子となった。
頭は銀髪で、当初は知的障害があるのかと思うほど
会話が成り立たず、ただただ『死にてぇ』を繰り返していた。

何度も補導されたこともあるようで、警察を心底憎みきっていた。
そしてもう一つ、貧乏をとても憎んでいた。

Nは片親のみの貧しい家庭で育ち、母親が狭いアパート暮らしの部屋に男を
とっかえひっかえ連れ込んでいた為に家にすら居場所は無かったようだ。

長い間、人と会話をしたことも無かったせいか話を理解する力が乏しかった。
例えば、来週月曜日、学校何時に終わるの?終わったら何か用事ある?カウンセリングには来られる?と聞くと質問が理解できずにパニックになる。

そこで

『来週月曜日、学校何時に終わるの?』

『16時半』

『そのあと用事ある?』

『なんもない』

『17時半にここに来られる?』

『平気』

という具合に分けて聞かないと通じなかった。
高校3年にもなる彼に、まるで幼い子に向かうように話さなければならなかった。

Nの母親は会ってみるとそれなりに彼を愛していた。
しかし何と表現しようか、言葉通り『それなり』であった。
一度として誰からも親切にされたことなく、どこに行っても厄介者扱いばかりを
され続けたNは自分は誰からも必要とされていないと心の底から思っていた。

どこで死んでも、誰も気にしないから別にいいじゃない、といつも言う。

生きる意味なんぞの問答をするどころじゃなかった。

私は手始めに髪の染め方を伝授して、とか警察の悪口を一緒に話したり、
とにかく時間を共に過ごしてNを知っていくことに専念した。

Nの銀髪は実に見事な銀髪であった。
なかなか日本人で銀髪がこんなに似合う子も珍しいと思い
素直にそれを伝えると少しだけ得意げに、にやりとした。

そうやって時間を重ねる間にも、何度となく警察から電話が入ったりと
様々な問題は続くが、可愛い子だと思う瞬間は段々多くなる。

根は素直ないい子である。

心に悩みを抱えて苦しむ子はみんな繊細でいい子である。

あえて欠点をあげるとすれば、愛情を与えられる機会が少なかったせいか
甘えることもさながら、他人の力を借りることが下手なことが多い。
できないことはできないと、耐えられぬことは絶えられないと伝え
だから助けて欲しいと肝心な人に素直に言えないのである。

こういった子たちが、死にたいとかそういったことから離れるためには
何よりも親の愛情と、その他見守ってくれる人との時間の積み重ねが大事である。

すぐに強烈な愛情を注いだからといって、解決はしないのだ。

私のような立場から見ると、言ってはいけないと思いながらもつい

『こんな親なんて』

と思ってしまうような親ですら子どもにとっては大事な存在なのである。
Nはだめな母ちゃんと言いながらも結局のところ母親をいつも心配していたのに
3日間、Nが家に戻らずとも電話すらしない母親でもNは

『死んだら母ちゃん泣くかな。世間に指さされんのかな』

と時折話す。

機をみて、Nと一緒に自殺サイトにアクセスしてみた。
そこはまさに自殺願望の塊のようなサイトばかりだ。
その日はいつもの何倍も時間を割いてNの自殺願望について話すことにした。

いつも悪タレばかりついて私のことをばばあ呼ばわりする彼が
話すにつれて声をあげて泣き始めていた。

辛かった過去そのものや、自殺への思いに関して泣いたというより
人とろくに話したことがなかったせいか、たまっていた思いがいきなり
どっと出てきて、戸惑い、涙が溢れ出ている感じに思えた。

『誰も僕のことなんか気にならない。生きてても死んでても気にしない。
親も学校も、辛いことがあればただ乗り越えろとばかり言う。
乗り越えられないよ。死んじゃって楽になりたいよ』

とNは言う。

相談所に来る親は大体、同じことを言う。

『どうして皆が乗り越えられることをうちの子は乗り越えられないんでしょう。
私だって反抗期が無かったわけじゃない。世の中の矛盾にムカツイた時期だって
ありました。 でも乗り越えましたよ!』

荒い言葉で返せば

『だからなんなんだ。
お前とお前の子どもは別人だろうが』

と言ってやりたいがそうもいくまい。
誰もが乗り越えられるようなことも世の中にはあるのかもしれない。

しかし乗り越えた大人が乗り越えようと真っ最中の子どもに向かって

『誰もが乗り越えられたことなんだから』

と吐く言葉ほど、卑怯な言葉はないと思う。
そして、実に簡単に思えるようなことでも
乗り越えられない子もいるということを理解してほしい。

そしてもう一つ、その乗り越えられない子が
まさに自分の子どもだったりすることももちろんあるのだ。

Nはよく私に

『僕が生きてても死んでても、きっと誰も気にしない』

と繰り返し話していた。

カウンセリングの日、突然の激しい夕立できっと傘がないだろうと
傘を持ってバス停まで迎えに行った時などその程度でも驚きだったらしく
気持ち悪がられたぐらいだ。

しばらくはカウンセリングにもならず、黙りっぱなしであげくの果てに

『ばばあ、俺に気があるんじゃねーのか』

とまで悪タレをついていた。
おそらく、些細なことでも心配されることに慣れていなかったのだろうと思う。

『無関心』こそ、彼の最大の苦しみであった。

SPONSORED LINK

そう、『無関心』こそ、生命を脅かすものなのだ。
今まで多くの人がNに無関心であった。
だから彼は誰からも必要とされないのならば生きる意味はないと思い込んでいた

道は2つだと思った。

彼が誰かに必要とされる『自分』になること。

彼が彼自身を必要を思えるようになること。

しかし後者はよりいっそう長い時間がかかる。
私は腐ってもカウンセラーのはしくれだ。

私の義務は彼が私を必要とし続けることではない。
彼が私を必要としなくなるようにすることである。

だから安易に

『私はあなたが必要だと思うよ。生きていて欲しいと思う』

なんていう言葉がこの先の彼を支えるわけではないことくらい承知していた。
親ももちろんそうだが私以外にこの子が必要と思ってくれる人を増やしたい。
そう思った。

『暇ならちょっと付き合ってくれない?』

私はNにある少年に合わせた。私がボランティアをしていた時に知り合った少年の病室に付き合わせたのである。

病室にいる痩せこけた少年はビートルズが大好きで、もう一つは折り紙というか
工作全般が大好きでやりたいことがいつもいっぱいな子だったが
白血病を患っていていつもベッドの上にいた。

いつもはよく笑う子だが、ぶつけてできたかも知れないあざを病気の斑点だと
一度でも思ったりすると、時に発作のように死ぬのが怖いと泣いていた。

Nもビートルズが好きだった。いやビートルズおたくだった。
だからちょうどいい話相手になるだろうと思い連れて行ったが
行くと折り紙やら工作やらをせがまれ、そんなことを
母親ともしたことのないNは困って随分とんちんかんな物を作っていた。

けれど初めて人から甘えられたことと、もう一つストレートに

『また会いに来て欲しい』

と言われた言葉が彼の心を少しだけ暖かくしたようであった。
私は味をしめてその後も何度か連れていくことにした。

Nにとっては彼は年齢差があったので勉強を教えてくれと言われても余裕だったらしく、学校では馬鹿だ馬鹿だと言われ続けたNが病棟では活躍していた。

何より最初は知的障害でもあるのかと思ったNが物を教えているうちに
随分とおしゃべりになった。

また、白血病の少年の母親が勉強のお礼にとご自慢の銀髪にあつマフラーを
プレゼントしてくれたことが更にNの心を広げてくれたのである。
Nはどんな格好をしようとこのマフラーをつけていた。

Nはそのうち勝手に白血病の少年のいる小児病棟に通い出していた。
そのうちに少年の発作に出くわしたようだ。
調子が悪かった時に吐き続けながら

『僕死んじゃうのかなぁ。ママ。明日会えるの?明日は来るよねぇ?』

と泣いた少年に立ちすくんだという。
そして初めてもらい泣きをしたとも言った。

テレビの世界ではなく目の前で、生きたいと願う痩せた小さな少年が
生きられないかもしれないという恐怖に背中を震わせて泣く姿があまりにも
衝撃的で、Nは一週間食べ物の味がしなくなったという。

『最近、旨いチョコとか食うと、あいつ病棟でこんなの食べられんのかなとか
思っちゃうんだ。母親ばっかとしゃべるんじゃつまらねーだろーなとかさ』

といいながら、片手にインターネットで調べた白血病の資料を持ってきた時は
かつては自殺サイトばかり見ていた彼とは見違えるほど変わっていた。

その時、久しぶりに私は彼とゆっくり時間をとって話した。
その時見せたのが吉野弘さんの詩である。

もともと 人に限らず 生命というもの自体

自分一人では 生きてはいけないようにできていること

だから誰の力も借りず 自分一人で耐えようとしたり

本当は深く傷ついたのに 気にしないようにしたりと

無理を重ねるうちに 本当に心が病む

のだと話した。

人の力を借りることは恥ずかしくもなんともない。むしろ当然のこと。

だから耐えられぬものは耐えられぬと
助けて欲しい時は助けて欲しいと
甘える力を身につけなさいと伝えた。

『あなたは一人でがんばれなくてもすごい。
どちらも変わらずあなたはあなた。けれど、心が壊れるほどに
苦しむ必要の価値なんてどこにもない。

自分の心のSOSにもう少し敏感になって自分の心を守る練習をしなさい。』

そう話したとき、Nの目から涙がポタポタと流れ落ちていた。

その顔を見れば、この子がどれほどの間、病んだ心と生きてきたのかが

一目でわかるようだった。苦しくて苦しくて仕方なかったのだ。

『警察は誰も俺の言うことなんて、一度も信用してくれなかった。
高校の先生も同じだ。なのにあのチビは真っ青な唇して折り紙持って走って来て
俺の言葉を神様の言葉みたいに聞くんだ。

一人でご飯食べるの寂しいからって、俺のパンを買って持ってんだ。
俺、あの子可哀想になっちゃったよ。あんな小せえのに死にそうなんだ。

俺耐えられなくなっちゃって、廊下に出たらぶつかった看護婦さんが
俺の話を聞いてくれたんだ。

あんた医者になれば?だって。俺、ばかなのに医者になりてえとか
思っちゃったよ。死にてえのに、死ぬ勇気もなくてぼやぼやしてたような奴なのに、一瞬でも医者になりてえとか思っちゃったよ。』

なんだかNの命が『生命』になった瞬間に思えた。

ここに至るまでの道は長いトンネルのようだった。
一時よくなったと見えてもまたトンネルに入ることも数多くあった。
それでも出口のないトンネルは無いと信じてきた。

何より一番に苦しんだのはこの子であろう。

膝を抱え何度一人で隠れて泣いたのであろうと思う。
そう思うと、この日を迎えられたことを共に泣かずにはいられなかった。
恥ずかしながら、2人で号泣してしまった。

その後、吉野弘さんの詩を入れるケースを買いに一緒に行き
帰りに参考書と大学受験の案内本もついでに買ったのである。
その時のNの顔は忘れられない。変な言い方だが本当に

『生きてるみたい』

変な言い方だが本当に『生きてるみたい』という表現がぴったりであった。

その三ヶ月後、彼が持ってきた模擬試験の成績にはもっと驚いた。
かつては知能障害かと思ってしまったほどのN。
全国で社会が1位になっていたのだ。

自殺サイトをかけめぐっていた子が医学部受験にまっしぐらに歩んでいる。

人はどんな瞬間にも変われるのだ。

今思っても白血病の子を抱えながらNのぶきっちょな表現一つ一つに
心をかたむけて、Nに暖かく接してくれた小児病棟のお母さん。

たまたま部屋から走りでてきたNに忙しい仕事の最中に声を掛けてくれた看護婦さん。

そして白血病と闘いながら全身でNの心に抱きついてくれた少年。

感謝の念はつきない。

今、Nは医学部に通いながら、ボランティアで悩み多き子どもたちの
相談員をやっている。

かつての自分と同じ苦しみを味わっている子たちに少しでも
『もっと生きたい』と思える時期を増やしてやりたいと言う。

そして彼は相談に来る子たちにむしろ救われているとも話す。
自分ひとりでは生きている気がしない。
他人を必要としたり、他人に必要とされたり、半端な自分を
補ってもらいながら生きる方がよっぽど楽しいと話す。

そのうえ、できの悪い自分でいる方が優しい人も親切な女の子も来てくれるから
むしろラッキーだとも笑って話す。

人間は植物や他の動物と違って、ただ息を吸って吐くだけの生活では
生きてはいけない。生きる目的や価値がなければ生きる意味がないと思いがちだ

ところが、そんな意味はそう簡単に見つけようがない。
生きてて良かったかどうかなんていう判断は死んでからでないと
分からないし、そもそもそんな判断なんてつけようがないのに
浅はかながら、そんなことばかりに目が向くのである。

心暖かい人に恵まれてNのように救われるケースはそう多くはない。
Nすら全ての問題を解決したわけではない。

けれど今、Nの『生命』を生きる権利などとは考えていない。
『生命』とは、与えられた義務と心に銘じて生きている。

生きたくても生きられぬ子に恥じぬ生き方を。

どうか一人でも多くの子どもが、そして一人でも多くの人が

与えられた『生命』の限りを全う出来るように。

どんな弱い子でも、難しい子でも、必ず立ち上がれるから。

明日は立てるから。

僕はこの話を聞いた時に中学の担任の言葉が頭で浮かびました。

誰にも明日はある 誰にも明日はくるから

 - 泣ける話 家族

アドセンス

アドセンス

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

夕暮れに手を繋ぐカップルのシルエット
ぼくより先に死なないでください~泣ける動画

24歳のころ わたしは絶望のどん底にいた 死のうと思って、アパートの部屋で 首を …

no image
泣ける動画 タスキ

小さい頃、よく親父に連れられて街中を走ったものだった。 生まれた町は田舎だったの …

tukimi-K1
泣ける実話  大丈夫、お前は素晴らしい

泣ける実話  大丈夫、お前は素晴らしい       …

0750b63a71fc978427b54ce14b542b38
泣ける動画 生んでくれてありがとう

泣ける動画 生んでくれてありがとう 母が死んで今日で一年とちょっと。高齢出産だっ …

eyes09551
Xmasに届いた天国からの手紙【実話】

アメリカのあるFMラジオ局では、クリスマスの時期になると毎年恒例となっているある …

IMG_1973
泣ける話 成人式の着物姿を見るまでは・・・

成人式の出来事 成人式の日 それは美容院にとって大いに気合が入る日 その年も僕は …

kenmin2-1
泣ける話 死んだパパからのサプライズ

結婚式の日に、死んだはずのパパからのサプライズが・・・! 「パパからのギフト」 …

7c7b24f3a39d1c11947f557818405596
泣ける動画 白いヒール

「泣ける動画 白いヒール」 私は昨日小学4年生の子から手紙で相談を受けました 『 …

images
最後の晩餐~ディズニーランドでの泣ける話【実話】

ディズニーランドで起こった 奇跡の物語 子供の誕生日に毎年行っていたディズニーラ …

25e301eb2562d87a0f34c26b40a8e6d8
生まれ変わってきた理由~泣ける動画

ある日 2ちゃんねるに 不思議なスレが立った スレを立てたのは22歳の男性 前世 …

人気グログランキングです 応援よろしくお願いします


≪スポンサーリンク≫