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泣ける話 心配ないよ、だいじょうぶ

   

「心配ないよ、だいじょうぶ」
母親として、また学校のカウンセラーとして、私は子供たちが並々ならぬ友情で結ばれている姿を目にすることがよくある。

私の息子信と友達の武もそうだった。

二人のきずなは類まれなものだった。

 

 

 

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息子の信は言語障害があったうえに、運動面でもかなりのハンディを抱えていた。
四歳のとき、学齢前の特別クラスで武と出会った。

武は脳腫瘍のため、やはり発育が遅れていた。

 

二人は合ったとたんに意気投合して、無二の親友になった。

二人とも、会わないでは一日も送れないほどになった。

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武が脳幹に腫瘍ができていると診断されたのは、その二年前だった。

 

その後、難しい手術を何度か繰り返したが、完全に取り除くことはできなかった。

 

はたして、クラスのみんなと遊んでいるときなど、武が足を引きずって歩くのが目立つようになった。

検査の結果、腫瘍がだんだん大きくなっていることが分かり、またしても、手術を受けることになった。

 

しかも、東京まで行かなければならない。

 

 

信と武は、このころ、素晴らしい先生に恵まれていた。

二人が「キョーコ先生」と読んで慕った女の先生だった。

 

長年、学校のカウンセラーとしていろいろな先生を見てきたが、

彼女は実に立派な先生だった。

 

キョーコ先生は、クラス全員に、武が手術をすること、そのために東京まで行くことを説明をした。

信はとてもショックを受けて、泣いた。

 

無二の親友が飛行機でそんな遠くに行くなんて、

しかも医者に痛い目に遭わせられるなんて、たまらなかったのだ。

 

 

出発の日、武とお別れをした。

涙が信の頬をつたって落ちた。

キョーコ先生は、信と武が二人だけでさよならを言えるようにしてやった。
信は、親友ともう二度と会えないのではないかと不安だった。

 

 

武は、信よりきゃしゃで背も低かったので、

信の胸のあたりまで伸び上がるようにして抱きしめると、

目を見上げて慰めるように言った。
「心配ないよ、だいじょうぶ」

 

 

手術はきわめて危険なものだったが、武は切り抜けた。

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何週間も何週間も経ってから、学校に戻り、

信と武のきずなは前にもまして強くなった。

 

 
その後の数年間に、武はもっと危険な手術を何回も受けなければならず、

試験的な薬も投与された。

 

そのたびに副作用に武は副作用に苦しんだ。

 

 

 

武は車いすに座っているが、細い身体を人に運んでもらう生活になった。
こんな武にも好きなスポーツがあった。

校内マラソンである。

彼はできる限り参加した。

 

 

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ある年は、車いすを母親に押してもらって、
「ママ、もっと速く、速く!」
と叫んだ。

 

またある年には他の子の父親に肩車してもらって参加した。

 

 

でも、武が11歳になる頃には、腫瘍は全身に転移していた。

 

今まであらゆる治療に耐えてきたが、もう打つ手はなかった。

その年の3月9日、キョーコ先生は信に電話をかけ、こう言った。
「あなたの親友武に、今度こそ、心からさよならを言いなさい。

お別れの時が来てしまったの」

 

 

 

武は自宅に帰ってきていたが、もう望みはなかった。

信も11歳になっていた。

身体はずいぶんじょうぶになったが、学習面ではまだ遅れており、マラソンも不得手だった。

 

でも、キョーコ先生からの電話からの電話があった日、

彼は校内マラソンに参加した。

 

風邪と喘息の治りかけだったが、
「どうしても学校に行かせて」と、私を口説き落としたのだ。

 

その日の午後、学校に迎えに行くと、彼は息をすると肺がヒリヒリと痛いと言った。

 

手には表彰状とピカピカの一等賞のリボンを持っている。

その表彰状にはこう書かれていた。
「5年生の一等賞。受賞者信。これを親友武に捧げる」
信はいわゆる仕切りたがる子と違って、

自分の言い分を通そうとすることはめったになかった。

 

 

でも、その夜は、どうしても武に会いに行くと言ってきかなかった。

 

武のお母さんが、投薬の合間に合わせてくれた。

武は家族が団らんする部屋でベッドに横たわっていた。

 

 

柔らかな明かりが天使のようなきゃしゃな身体を照らし、

部屋には教会の音楽が流れていた。

ガンと、鎮痛剤で、武はもうほとんど何もできない状態だった。

 

ときどき、武は誰かの指を強く握ってはうっすらと片目をあけた。

 

キョーコ先生は武に声をかけて、信が来ていることが伝えた。

信は武の手を握って、賞状を見せて、こう言った。
「ほら、見て。取ったよ。君のために、どうしても勝ちたかったんだ」

 

武は信の指を握って、じっと目を見つめた。

二人の心は通じ合った。

 

 

 

信は武の指にキスをし、こうささやいた。

「さよなら、武。心配ないよ、だいじょうぶ」

 

 

 

 

武はその年の6月に死んだ。

お葬式で信はしきたり通りふるまったが、

まわりから慰めの言葉をかけられると、彼はこう言った。

 

「いいんだ。もうお別れは言ってあるし、

武はだいじょうぶってわかっているから」

 

武が死んだことで、二人の友情は終わったものと私は思っていた。

 

 

でも、そうではなかった。

 

武の死からちょうど1年後、信は髄膜炎で重体になった。

緊急処置室で、信は必死で私にしがみついた。

私たちは脅えていた。

 

 

信は寒気に襲われ、身体をガタガタと震わせた。

 

でも、医者が処置を終わりかけるころ、

信と私は言葉では言い表せないような穏やかさに包まれるのを感じた。

 

すっと、信の身体から力が抜け、震えが止まった。

やがて医者と看護婦は部屋を出ていき、信と私は見つめ合った。

信はすっかり落ち着き、私に向かってこう言った。
「ママ、武がたった今、この部屋にいて僕に言ってくれたんだ。

『心配ないよ、だいじょうぶ』って」

 

 

私は心から信じている。

この世には、決して死ぬことのない友情があるということを。

 - 泣ける話 障害

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